家族の実話エピソード

病気を通して感じた3歳の娘の成長と本当の気持ち

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これは現在4歳の娘が3歳になったばかりの頃のことです。

たどたどしかった言葉もどんどんまるで大人と同じように話せるようになり、自我が出たことで一筋縄では行かなくなった育児に奮闘しつつ楽しんでいた毎日が、一変する出来事が起きたのです。

念願の二人目を授かったのですが残念ながら流産。
後の病理検査で胞状奇胎であったことが判明し、経過観察をしていたのですが侵入奇胎となり抗ガン剤治療が必要となりました。

私が使うこととなった抗ガン剤はその中でも副作用も軽いもので通院での治療も可能とのことでしたが、最初のクールはアレルギー反応や副作用の管理の為に入院での投与となり、娘はパパと共に義実家にお世話になることになりました。

入院当日、入院が決まってから何度も説明はしていましたが改めて娘に数日離れ離れになることを説明し、「寝る前にシールを貼って行って、シールが全部溜まったらママが帰って来るからね」とお手製の台紙とシールを渡すと娘はあっさり「わかった。おばあちゃん遊ぼう!」と私の傍から離れ近寄っても来なくなりました。

そしてそのままあまりにあっさりとお別れをして私は入院。
入院中も泣くことも愚図ることもなく賢すぎるくらいで、案外ママが居なくても平気なものなんだなぁと私が寂しかったくらいです。

その後は娘と一緒に居たいので通院での治療をお願いしましたが、入院中は何ともなかった副作用はクールを重ねて行く毎に酷く現れるようになりました。

投薬中は吐き気、休薬中は口内炎と腸の痛み、色素沈着、そして見た目にはわからないくらいでしたが脱毛。
軽い抗ガン剤と言われている薬でしたが、私は薬が効きやすい体質のようで効果も抜群でしたが副作用もかなり酷く出ました。

そんな中でも娘は私のことを気にかけ、身の回りのことを手伝い、本当は遊んで欲しかったでしょうが手伝いに来てくれていた実母にベッタリで遊んでくれていました。

本当は娘の前では辛くてもそれを見せてはいけないと思っていましたし、そう心掛けていましたが、口内炎が酷く口が腫れて開かなくなり、一週間以上食べることはおろか、水分すら摂ることも難しくなったときには、情けないことに娘の前であろうが明るく元気に振る舞うことなど出来なくなっていました。

娘は退院後も、今までは甘えたさんで着替えも遊びも寝ることも何も一人では出来なかったのに食べることも飲むことも出来ず痩せてしまい、喋ることも出来ない私に手間を取らせないようにか、全て自分でするようになり、ただ私の隣に来てピッタリとくっついて座っては「ママ大丈夫大丈夫!強いね!頑張って!」と励ましてくれました。
しっかりして来たように見えてもまだ3歳。
甘えたいし、何でもママ、ママと言いたいはずなのにそうしない娘にとても心が痛く、申し訳なくなりました。

しかし、娘も当然ながらまだまだ子ども。
とてもたくさん我慢していて、本当は辛くて仕方なかったのだと気付かされることがありました。

その日は休薬中で口内炎がピークで唇も口の中も口内炎で埋め尽くされ、食べることも飲むことも難しい状態でしたが、脱水となると入院になってしまうからと頑張ってマグカップに入った飲み物を飲んでいました。

するとマグカップに唇の口内炎がくっついてしまい、痛みと上手く飲めない苛立ちでいっぱいいっぱいになった私は声を上げて泣き、唇からは大量に血が流れ出ていました。

それを見た娘が一瞬で大泣きして私のところに飛んで来て私にしがみついたのです。
今まで離れても何もしてやれなくても泣くこともせず、私をただ励ましてくれていた娘のこの世の終わりのような、今までに聞いたことのない泣き声を聞いて目が覚めました。

私はこんな小さな娘に甘えていたのです。
辛いと言っても、態度に出しても、娘はその分頑張ってくれました。
本当はその心を守らなければならないのに、私は自分のことで精一杯だったのです。

その後すぐに治療は終わり、私は娘の心に付けてしまった傷を少しでも和らげるようにと心を配りました。

娘は私の状態を把握し、まだ3歳である自分に出来ることは何かを考え、私を励ましてくれました。
まだ小さいとずっと思って来た私の娘は、周りを見て自分の行いを判断するという成長を見せてくれました。

しかし、そこはまだ3歳。
やはり甘えたいし、ママが元気がないと不安でいっぱいなのです。
いつものママに早く戻って欲しいから頑張ってくれているのです。

親になり本当は守らなくてはならない娘に支えられ、私は治療を終えることが出来ました。

あれから一年、娘の心にはまだ傷が残っています。

「またママが入院するのでは?」
「ママが死んでしまったらどうしよう。」
不意にこのように口にしては私から「大丈夫やよ」と言ってもらうのを待ちます。
私が少し熱が出ただけで取り乱して泣き喚くこともあります。
これが私の治療で娘に残してしまったトラウマなのです。

まだ小さい娘に必要以上に頑張らせ、心に傷を残したことは本当に悔やんでも悔やみ切れないことです。
だからこそ、これから私に出来ることは一つ、元気なママでいること!です。

これから時間が経ち少しずつ傷が薄れて行ったときに、どんな時でもずっと傍に居て、元気いっぱいなママとして居るという事実を上書き出来るよう、体に気を付けて娘の為にもずっと元気なママで居ようと思います。

この記事を書いたママ

TOMY

4歳の女の子が一人います!子育てに日々奮闘中ですが、毎日を楽しく過ごせるようにと邁進しています。ウォーキングが日課です!


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