家族の実話エピソード

離婚。そして再婚までのエピソード

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シングルマザーとして生きる決心をしたものの、想定していなかった困難にぶち当たり、将来を案じていた。そんな時に出会った今の主人との再婚に至るまでのエピソード。

待ち望んでいた子供の命がお腹に宿り、私は赤ちゃんが来てくれたことで、全てが良い方に変わると信じていた。けれど状況は全く変わることなく、ある日私は娘の父親と別れる決心をした。

私はアルコール依存症の父親の元に育ち、物心ついた頃から育った環境はいつも荒れていた。母はいつも父に暴力を振られ、とても苦労していた。私は幼い頃からそのような両親の姿を見て育ってきたので、“結婚”“家庭”というものに対して良いイメージを持っていなかった。特に“父親”という存在や、男性そのものに対して信頼する気持ちが人より欠けていたと思う。

“自分が幸せな家庭を築く”というイメージを持つことができぬまま、私は結婚・出産を選択したけれど、やはりうまくいかなかった。私の母は、父からの暴力を受けながらも、「子供がいるから離婚はできない」

といつも言っていた。私はそんな母に申し訳ない気持ちと、お母さんに幸せになってほしい、という気持ちをいつも持っていた。そのような経験から私は、お互い憎しみ合いながら結婚生活を継続するよりも、シングルマザーとして子育てする方が子供を守れると思っていた。

大きなお腹を抱えて、まず住む場所と仕事を探した。「絶対になんとか乗り越えてみせる」と意気込んでいたのに、実際はたった一人の妊婦ができることは本当に小さくて弱かった。

娘を深く愛し、守りたいという気持ちが強くあっても、できないことがある、ということを私は想像していなかった。

私は学歴もあるし、独身時代にもきちんと勤めていたから、仕事はすぐに見つかると思っていた。けれどシングルマザーで、まだ保育園も決まっていない段階での就職活動は難航した。おまけに住む場所も無職の妊婦にとっては簡単に見つからなかった。勢いだけでシングルマザーを続けていくのは難しいのだと身をもって知った。

幸い何とか住む場所を確保することができ、仕事も独身時代にしていた仕事に戻れることになったが、全てが決まってやっと安心できたのは、娘が一歳の誕生日を迎えようとしていた頃だった。それまで何とか貯金を切り崩し、生活してきていた。たった一年で貯金は底が見え始めていた。

私は母親に助けてもらいながら、懸命に働いた。娘にも私なりに愛情を注いできたつもりだった。仕事を終え、保育園へ子供を迎えに行き、疲れて帰ってきた後、私と子供を癒してくれるのは、アンパンマンの録画だった。娘の父親は蒸発してしまい、養育費も滞っていた。子供に愛情が持てない娘の父親とうまく家庭を築く自信がなくて、別れることを決めた。確かに別れずにいたら毎日もっともっと子供に不安な思いをさせていたと思う。

だからといってシングルマザーの生活が、子供に何不自由なく、全くの不安な思いもさせていていないかといえば、そうとも言いがたかった。

子供が小さいうちはまだ良いかもしれないが、大きくなるに連れて子供はどんな思いを抱くのか全く想像できなかった。大人の身勝手で振り回される子供に申し訳ないという気持ちを持ちながら、どうすることが最善だったのか分からなかった。

また、私の中に“結婚=不幸”という価値観あり、今思うと私は始めから安定した家庭を諦めていて、無意識に逃げていたのかもしれない。

「子供を幸せにしてあげられるか?」

私はいつも自問しながら生活していた。

自問しながら自分だけでは中々答えが見つからない日々を送る中で、私の価値観が少しずつ変わるきっかけがあった。ママ友に誘われてお宅に遊びに行き、色々な家族を見る機会が増えたことだった。

「必ずしも男の人は奥さんと子供を苦しめるわけではない…幸せな家庭も存在するんだ…」

と私は初めて感じ始めた。娘はまだ小さくて、なぜ自分に父親がいないのか私に聞いてくることはまだなかった。けれど、お友達と遊んだ後、結局夜は私と二人きりになってしまうので、その度に

「みんないなくなっちゃう、一人ぼっちになっちゃう」

と娘は泣いた。私は父親や男性は、女性と子供を苦しめるものだと思い込んでいた。だから娘に父親はいらない、私に夫はいらないと決めつけていた。ところが私は子供のおかげで、家族とは色々な形があり、必ずしも私が育った家庭が全てではないということを知った。



そんな時に、ちょうど今の夫と知人の紹介で出逢った。夫とは大恋愛をしたというわけではなく、自分がシングルマザーだということを伝えると、娘のことをとても気にかけてくれ、遊びに連れて行ってくれるようになった。夫は子供が大好きで、始めは人見知りをして全く懐かなかった娘が、しばらくすると夫ととても仲良しになっていた。独身の男の人が小さな娘が喜ぶような遊びのプランを毎回一生懸命考えてくれる姿に私はとても感動した。

「この人が父親だったら良かったな…」

私がそう思ったのは、娘の父親ではなく、私自身の父親だったら良かったなという気持ちだった。こんな父親の元で育っていたら私の人生は少し違ったかな?そう思った。

夫はとても口数が少なく、それでも素朴な優しさは私と子供の心を癒してくれた。

三人で遊ぶようになってから数ヶ月が経ったある日、夫が

「あの子にはちゃんとしてあげたいと思っている。あの子に『お父さんになってもいい?』って聞いたら『いいよ』って言っていくれたよ」

と私に言ってきた。

それが夫の私へのプロポーズだった。私はこの人となら家庭を築くことができる、と思えた。もちろん、再婚に関して反対もあった。世の中には再婚して子供が傷つく事件や事故もたくさんあるからだ。私自身も100%再婚が正解だとは言い切れなかった。だけど、私以上に、娘は夫を信じて必要としていた。私の歪んだ価値観では再婚を決められなかったかもしれないけれど、純粋な娘の心で夫を見つめ、必要としているならば間違いはないと思った。

私たちは家族になった。夫のお陰で私は平穏な毎日を送れるようになった。結婚しても私は仕事を続け、家のことは皆で分担した。結婚をすることで、私は女性がいつも我慢するものだと思っていたが、実際結婚して私はそれまで以上に自由になれたと思う。

世の中にはたくさんの家族が存在する。その分だけ家族の在り方や価値観があると思う。私は娘と夫のお陰で、想像できなかった明るい家族の在り方を知ることができた。他人から見たら「なぜ?どうして?」

と思われるかもしれないが、その家族の在り方の背景にはさまざまな歴史や思いもあるに違いない。

私もだいぶ遠回りをしたが、結婚の選択をして、家族になって六年目、とても幸せだ。これからまたさまざまな困難が私たちにやってくるかもしれないが、家族一緒に生きていける喜びをかみしめてこれからも共に生きていきたいと思う。


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