家族の実話エピソード

母になってわかる、母の気持ち。

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母は、いつも口癖のように言っていたことがある。

「いつか、あんたも子供を産んだら、お母さんの気持ちがわかるわ!」

きっと、どこのお母さんも娘に一度は言ったことがあるフレーズではないだろうか。32歳で初めて出産するまで、私は何度も聞きなれたお決まり文句を胸にとどめることは一度もなかった。

妊娠が分かって、悪阻がひどかった時期。いつ終わるかわからない苦しみに何度も涙をながした。

初めての妊娠で精神的にも肉体的にも限界で、どんどん落ちていく体重をみては母に泣きついていた。


【母】
「吐いてもいいから、頑張って一口でも胃の中にいれるんやで。胃の中にものがあればそれを吐けばいいんやから。」

と食べられそうなものを買ってきたり、気を紛らわすために外食にも連れて行ってくれた。

【私】
「お母さん、せっかくお金払ってくれたのに出てしまうかもしれん」

【母】
「そんなの気にせんでいいから!」


落ち続ける体重は、母に会うと少し戻った。

私には泣いてすがる母がいる。けれども、母には“お母さん”がいなかった。2歳で“産みの母親”を亡くした母は19歳で厳しかった義母から逃げるように結婚し、20歳で私を出産した。

どれだけ不安だっただろう。どんな気持ちで、どんな思いをして私を産んでくれたのだろう。そんな当時の母の気持ちを思うと涙がでる。

母の産みの親はまだ幼かった娘を残して、どんな気持ちで旅だったのだろう。出産して、母となった今思うことは、娘が出産するときまで元気に生きていたいと心から思う。

もうひとつ、最近思い出す子供の頃の記憶がある。まだ5歳か6歳だった私は、母に怒られていつものように外に追い出されていた。

田舎のアパートだったので、近所の人が帰ってきては、遊んでいる風を装ったり、泣いてドアをたたいたりしたこともあった。

だけど、その日はなぜだか近くの国道まで私は歩いていき、“もし私が国道に飛び出したら、お母さん心配してくれるかな”と思ったことがあった。

大人になってから、当時のことは口にしたことはないけれど、まだ幼かった私がそこまで思うほど、なぜ母は何度も私を追い出したのだろうと胸につっかかっていた。

当時、父と商売を始めて朝から晩まで働き詰めだった母は、仕事に育児に家事に目がまわるほど忙しかった。

洗濯物を畳みながら涙を流していた母を思い出す。19歳でまわりの誰よりも早く結婚して23歳の時に商売を始めた母には休む暇もなく、友達と会う時間さえなかった。

私と弟を育てるのに必死だった。死にもの狂いで働いていた。母は壊れそうだった。

今なんて、何か悩みや困ったことがあったらすぐに友達にスマホで相談したり、ネットで調べられる社会。少し体調が悪いと、コンビニやネットスーパーで食料や日用品まで手に入る時代。

30年前はどれだけ不便だっただろう。頼る人もなく、どうやって私達を育ててくれたのだろう。

厳しかった母だったが、愛情を惜しみなく注いでくれた。小さなころから鍵っ子だったけれど、特別寂しかった記憶もない。何不自由なく育ててもらった。

母はよくこんなことを口にする。「今の時代に生まれたかったなぁ。あんたらは幸せやで~。」まさにその通り。便利すぎて怖いときがあるくらい。

母よりも12年も遅く出産した私は、今になってようやく母の気持ちが少しわかる気がする。そして、子供を産んで、ずっと胸につっかかっていたしこりが消えた。今では心から母を尊敬する。

若いころ趣味や遊ぶ時間のなかった母は今、子供のように色んなことに興味を持ってチャレンジしている。そんな母の今の決まり文句は“いつ死んでもいいように全力で遊ぶ!”

今もなお、朝から晩まで仕事をこなし、同居する孫の子守や家事もしながら、大好きな趣味の話をする母は生き生きしている。

トップ画像出典: clickinmoms.com

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