家族の実話エピソード

母の後ろ姿、そして母になる

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母のことを思い出すと、思い浮かぶ光景がある。

居間の隅に置かれた机。周りは暗く、机のライトだけがついている。

母は、そこに座って勉強している。

ラジオから流れる講義に、真剣に耳を傾けている。

その頃の私は5歳。幼稚園でのこと、友達のこと、たくさん話たいことがある。

「あのね...」と話しかけると、

「今、勉強中だから!」と言われる。

でも、なかなか諦められなくて、母の勉強が終わるのを待っている。

暗い部屋の中で、母の座っているあたりがぼんやりと光っている。

5歳の私が、母の後ろ姿を、いつまでも眺めている。

それは、少なからず私のトラウマになっていた。

「お母さんは、話を聞いて欲しい時に聞いてくれない」

そんな思いを抱えていた。

けれど、気がつけば、私が5歳の時の母の年齢をとうに超えていてる。

大人になって、自分が母親になって。

そして、母が逝ってしまって。

もう会えなくなってから母を思い出してみて、ようやく母の生きてきた姿を、一人の女性の人生として冷静に見られるようになった。

母は、中学生の頃、結核にかかったそうだ。

入院していたため、高校進学は諦めなければならなかった。

父と結婚し、兄と私、二人の子供を産んで、すっかり元気になった頃。

勉強したい。せめて高校卒業の資格をとりたい。

そんな湧き上がる思いがあったのだろう。

そこで母は、NHK学園という通信制の高校で、資格を取ることを目指した。

ラジオでの授業を自宅で受け、あとは添削指導などで単位を取る。

今のように録音して後から聞いたり、ネットで配信されるものを何度も聞いたりできない。

だから、母はラジオから流れる講義を聞き漏らすまいと、必死で集中していたのだろう。

もしかしたら「今から話しかけないでね」と事前に言われていたにも関わらず、

私は話したいことがあるとコロッと忘れて「あのね」と言ってたのかもしれない。

子供の身勝手で、拒絶されたことしか覚えていないだけで(苦笑)

こうして記憶を紐といていくと、他の光景も浮かんでくる。

月に1・2回の登校日、一緒に学校に行ったこともあった。

授業を受ける母。クラスの友達と話す母。

そばで折り紙を折りながら、終わるのを待っている私。

学園祭で手作り品を出品するのに、毎年何にしようか色々考えていて、確か賞をもらったこともあった。

子供心に、母の作ったものが認められたことが嬉しかった。

三十代半ばにして、失った青春を少しずつ取り戻していった母。

私が見つめていたのは、そんな色んな思いを抱えた、母の後ろ姿だったのだろう。

こうして母の人生を見てみると。

あえて子供がまだ小さい時に、大変になるのがわかっていて、高卒の資格を得るために勉強を始めたことになる。

多分、やりたい!と思ったら、子供が大きくなるまで待つという発想はなかったのだろう。

その後も母は、学校の役員をしたり、消費者問題研究会の活動を始めたり、いつも何かに立ち向かっていた。

そんな姿を、改めて思い出す。

私は、行きたい学校にも進学させてもらい、何不自由なく健康に育ててもらった。

なのに、いつもどこかあせっていて、何かしたい、何かしなければ、という思いに駆られている。

母と同じように。

母が向かっていたのはラジオ、私はパソコンで、今、こんな風に文章を書いたりしている。

「ママって、いつもパソコンの前に座ってるね」

そう子供に言われて、ドキッとした。

私も、子供に机に向かう姿ばかり見せてしまっているのだろう。

同じことをしている自分に気づいて、母の気持ちがよくわかった。

だからこそ、自分と同じ思いを子供たちにさせてはいけない。

後ろ姿を見せるばかりではなく、向い合わなくてはいけない。

それが、身を持って母が教えてくれたことなんだと、今は思う。

午後4時。子供たちが帰る時間。私はパソコンに向かっている。

まだ、文章がうまくまとまっていない。

「ただいま~!」

玄関のドアが開く音。ランドセルをドサッと置く音。

そこで私は、パソコンの電源を落とす。

ここからは、しばらく子供たちとの時間。

「おかえり。おやつにしよっか。」

おやつを食べながら、子供たちはしゃべる。

嬉しい報告だったり、愚痴だったり、ただ機嫌よく叫んでいるだけだったり。

しゃべることがない時はしゃべらない。それが子供。

「このお菓子、結構いけるよね」

という、他愛もないつぶやきを投げかけてみたりする。

そんな時間が終われば、子供たちはそれぞれ、宿題をはじめたり、友達と遊びに行ったりする。

私もまた、パソコンに向かう。

そういう時間を、繰り返し積み重ねる。

そうすることで、私自身が、幼い頃の「構って欲しかった」という思いを、埋めることができている気がする。

いつもこんなにいいお母さんではいられないけれど。

私もパソコンに向かってる時は「話しかけちゃダメ」オーラを放っているのかもしれないけれど。

子供たちがいつか思い出す母の姿が、おやつを食べながらおしゃべりして笑っている姿であって欲しい。

あなたが思い出すのは、どんなお母さんの姿ですか?

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