家族の実話エピソード

当たり前の「はい」

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母はいつも元気でいるのが当たり前。

それが子供にとって、こんなに意味があることだとは、気づかなかった。

娘が小学2年生、息子が幼稚園の年長の時だった。私が入院することになったのは。

その頃、家族みんなでインラインスケートにはまっていた。

私以外の家族はみんな運動神経がよく、ノリノリで滑っていたが、どちらかというと運動音痴の私は、家族に着いて行くだけで精一杯。

無理をしていると、案の定、派手に転んでしまった。

頭にはヘルメット、肘・膝・腰にもサポーターをつけていた。

なのに、体をかばって、とっさに右手を地面についてしまい、私の全体重が右腕一本にかかった。

あまり痛みはなかったので、たいしたことはないと思っていたが、右手に力が入らず、肘から下がぶらぶらした状態だった。

翌日、近所の整形外科に行くと、レントゲンを見て先生が一言。

「すぐに大きな病院に行って下さい。」

えっ?そんなに悪いの?

予約なしに市民病院に行くと、さんざん待たされ、あちこち検査にまわされ、やっとでた診断は...

右肘の複雑骨折。中で骨が砕けているので、ギプスで自然につくのを待つことは不可能。

手術して、ワイヤーで骨をつなげるので、二週間の入院が必要。

入院!しかも、二週間! 

そんな、困る! 子供たち、どうするの!

病院の会計で待っている間も、頭の中を色んな思いがグルグル回る。

入院なんて、出産以来だ。

あの時は上の子が小さかったから、どこかに預ければなんとかなったけれど、今は幼稚園や小学校がある。

どうしよう...

家に帰って子供たちに告げると、当然驚いた。不安がった。

私まで不安そうな顔はできない。

「大丈夫だから。このままだとちゃんと骨がくっつかないから、お医者さんにきれいにくっつけてもらうよ」

そう明るく告げた。でも、内心は不安でいっぱいだった。

夫は仕事が多忙で、平日日中の協力は期待できない。私の両親はもう他界している。

そこで、夫の母に泊まりこみで来てもらうことになった。

これまでにもよく家に遊びに来ていて、1泊ぐらいなら泊まることもあったので、子供たちも慣れているし、家の勝手もわかっている。

「まかせて」と義母も言ってくれたので、ありがたくお世話になることにした。

そして、母のいない生活が始まった。

幼稚園の息子は、プリントを見て準備してあげなければならない。

毎朝のバス通園の送り迎え。週に1回はお弁当。

義母は送り迎えや幼稚園準備で、日々時間に追われた。

小学生の娘は、連絡帳を見て持ち物を自分で用意できるけれど、習い事が2つあり、どちらも車で送り迎えが必要。

義母は車の運転ができないので、今日は◯◯ちゃんのママ、来週は△△ちゃんのママ、と交代で送迎をお願いした。

入院中、左手で携帯メールを打って、義母やママ友への手配連絡。

毎日私がやっていることは、誰にでもできるとるに足らないことだと思っていたけれど、
いざ他の人に変わってもらうとなると、本当に大変だった。

母が元気でいないと、こんなにも周りに迷惑をかけてしまう。それが身にしみた。

手術は無事に終わり、その後は安静の日々。

義母から聞く子供たちの様子は、それなりに元気そうで、それがせめてもの救いだった。

手術後の経過も順調。ようやく退院の日を迎えた。

義母もホッとしていた。

義父と二人ののんびりした生活から一変して、子供の生活リズムに合わせて暮らすことは、本当に大変だっただろう。

感謝してもしきれない。

義母のおかげで、子供たちは生活面では特に困ることもなく過ごせた。

でもやはり、母がいない淋しさはあったようだ。

退院して、久しぶりの家族水入らずの夕飯の時。娘がぽつりと言った。

「あのね。ご飯食べる時、「いただきます」って言うと、いっつも、ママが「はい」って言ってくれてるでしょ。それがないのが、さみしかった」

最初は何のことだかわからなかった。

「え?なにそれ?そんなこと言ってる?」

と、聞き返したぐらいだ。

「うん。言ってる。それ聞くと、安心する。」

「それ、おばあちゃんに言った?」

「言ってないよ。ご飯つくったり、掃除したり、いろんなことやってくれてるのに、そんなちっちゃいことまで頼んだら、悪いから。」

自分でも、ちっちゃいことだとはわかっている娘。でも、そのちっちゃいことがないことが、淋しかったのだ。

そんな会話があった、次の日の夕食。

「いっただきまーす!」

「はーい」

あ、本当だ。無意識で言ってる。私自身も今まで気づかなかった。

多分、子供たちも、母がいなくなって初めて、いつも言われていた言葉がないことに違和感を覚えて、気がついたのだろう。

ママが当たり前にいる。その重みを、あらためて感じた。

私は、お世辞にもいい母とは言えない。

料理は苦手で毎日苦痛だし、掃除も洗濯もいい加減。感情的に怒ることも多い。

毎日おいしい料理を作って、家の中はピカピカ、いつもニコニコ笑っているお母さん。

そのハードルはあまりにも高くて、一生かけても超えられないだろう。

だけど、毎日変わらず「いただきます」に「はい」と言ってあげることはできる。

そんなことでいいなら、いくらでも言ってあげる。

それには、いつまでも元気でいなければいけない。

そのことに気づいてから、以前より健康に気をつかうようになった。

インラインスケートも封印して、家族が楽しんでいるのをそばで見ていることにした。

いなくなって初めて気づくぐらい、母の日常の行動というのは、空気のように当たり前のことの積み重ねばかり。

だけど、その一つ一つが、静かに、確実に、子供たちの心を支えている。

きっと、あなたの何気ない一言も。

トップ画像出典: i.telegraph.co.uk


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