家族の実話エピソード

待っていてくれた猫

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実家の母は猫が好きで、大きな黒い猫を可愛がっていました。

チンチラ種の雑種で、ふわふわの兄姉の中、

一匹だけ母親に似ずにいかにも雑種然として生まれたせいか引き取り手がつかずにいたそうです。

そこを獣医さんに紹介されて、我が家に迎えることになったのでした。

貰ってきた頃はレースの前掛けのにあう子猫でしたが、

前足が大きくて、思った通りあれよあれよという間に大きく育ちました。

妙に黒光りする立派な毛を自慢そうに舐めるのですが、

お腹がじゃまになるくらい、まあるく太った猫でした。

そのくせ耳はチンチラ種らしく小さな三角で、

撫でると瞬きのように動くのが面白くてよく悪戯をして遊んでいました。



私が結婚するまで7年、一緒に過ごしました。

娘が生まれ、やがて小学校受験をする頃になりました。

実家の母にも何かと協力をお願いする事が増え、

そんな忙しい中、時折母が見せてくれる猫の写真はひとときの安らぎでありました。

と、同時に、猫もずいぶん歳をとったなと感じるようになりました。

実際、老齢で大分弱ってきていました。

輸入品の老猫用フードをしぶしぶ食べ、チラリと、家族で一番甘い父に鰹節をねだるのだそうです。

そんなところは変わらないね、おねだり上手だね、と笑いあったものでした。

夏頃に、一端、危険な状態になり猫が入院をしました。

この時は無事に退院してくれましたが、そろそろ覚悟をしないといけないかもな、と思い始めたのはこの頃でした。

さて、娘の受験ですが、なかなかの消耗戦でした。

というのも、残念ながら通っていた幼稚園との折り合いが悪く、精神的に疲れることが多かったのです。

小学校めざして前向きに頑張ろうと思っても、

幼稚園へのネガティブな感情を原動力とせざるを得ないこともあって、とても「しんどい」状態でした。

それこそ、頭から布団をかぶって猫とふて寝てしていたい。

そんな気持ちに何度もなりました。



しかし「しんどい」とも言っていられず時は過ぎます。

考査のシーズンを迎えました。

このほんのちょっと前に、実家で猫に会いました。

すっかり歳で、小さく「にゃ」と言ってくれたきり、お気に入りの箱にうずくまってしまいました。

それでも「にゃ」の声が子猫の頃と変わらない鳴き方で、それが嬉しかったのでした。

そしてこの時期に、なぜか急にこんなことも思い出しました。

娘がお腹にいた頃。

お医者様に言われたこともあって、お昼寝を日課にしていたことがありました。

その日もうとうとしていたら、なんだか不思議と生き物の気配がするのです。

実家を出てからはペットは飼っていません。

近所の顔見知りの猫でも入り込んだかしらと思っていると、

なんとなく実家の猫の気配のような気がしてきて、目は覚めずにそのまま深く眠りこんでしまいました。

起きてから母に電話し、猫の様子を聞きました。

特に変わった様子はなかったということですが、私には実家の猫がお見舞いに来てくれたように感じたのでした。

やがて考査終了、入学手続きも済み、娘の志望校への入学が決まりました。

「しんどい」と思っていた受験でしたが、大変満足の行く結果となり、

感謝だとか安心だとか希望だとかそういう気持ちで一杯になりました。

そうして、慌ただしく卒園までの日々が過ぎ、ようやく本当に前向きな気持ちになれる春を迎えました。

入学式。

お空も桜も素晴らしく、娘の三つ編みも今までで一番かわいくできました。

そして、あたたかく迎えられたことを感じられる、そんな式でした。

安堵。安堵。安堵。

壇上の娘の生き生きとしたしぐさを見て、私の中に沸いてきたのはここなら大丈夫という安堵でした。

その入学式の夜。

母から連絡がありました。

猫は静かに眠ってしまって、もう起きないのだそうです。

翌日、お骨にする前に一目ということで会いに行きました。

あのお気に入りの箱に入って、小さくなっていました。

初めて家に来た時よりは大きいけれど、それでも小さく小さくなってしまっていて。

猫は待っていてくれたのかもしれません。

私達が考査をのりこえ、卒園して入学式を迎えるのを。

私の気持ちが穏やかさを取り戻すのを。

ありがとう。

そう思いながら、ひやりと尖った三角の耳を撫でました。

もう動きません。

でも、もういいよ、大丈夫だよ。

ありがとう。


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