家族の実話エピソード

金メダルへの想い~毎日の神様は必ずいる~(我が娘のエピソード)

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このところ、連日リオ五輪のメダル獲得の話題で盛り上がっている。

4年に一度の晴れ舞台のために、練習を積み重ねてきた選手たちが、実力を出しきり全力で挑む。

その努力が実った時、胸にメダルが輝く。

そんな姿を見ていると、こちらまで熱いものがこみ上げてくる。

オリンピックには遠く及ばないけれど、娘がメダルを目指して頑張っていた日々を思い出すから。

娘は、5歳の時から新体操をやっていた。

通っていた幼稚園の体育館に、外部講師が来て習うことができるものだった。

入会体験の時、可愛いレオタードを着てリボンをクルクル回す子たちを見て、「やりたい!」と、めずらしく自分から言い出した。

意気揚々と始めてみたものの、悲しいほどに娘の体は硬かった。

柔軟をやっても、他の子よりも曲がらない。

練習を重ねると少しずつやわらくなってきたものの、少しサボるとすぐにまた硬くなってしまう。

加えて、両親ともに体操やダンスの経験は全く無く、先天的なセンスを何も与えてあげられなかった。

器用に演技し、ハッとする動きをする子もいるというのに、なかなか上達しない我が子。

見ていてハラハラすると同時に、何もできない自分が歯がゆかった。

その教室では、年に2回、他チームと合同の競技会があり、3位までは表彰式でメダルがもらえる。

初めての競技会。順位発表で、

「2位、○○クラブ…」

と、娘のチームが呼ばれた。

その時、「あっ、娘かも!」と思ってしまった、親バカ全開の母(苦笑)

呼ばれた名前は、同じチームの別の子だった。

戸惑っているその子の背中を、そっと押して送り出していた娘。

でも本当は悔しかったようで、家に帰って親子で泣いたという、ほろ苦いデビューだった。

順位をつけるのは可哀想。みんな1等賞。みんな主役。

世の中がそんな風潮になってきている中で、競技会では見事なまでに順位付けされ、選ばれた子が栄誉を勝ち取り、賞に入れなかった子が悔しい思いをする。

私はスポーツとは全く無縁だったので、人生で初めて、そんな厳しさに娘と一緒にさらされた。

いつか、あの場で名前を呼ばれたい。金メダルが欲しい。

それが、娘が5才にして初めて掲げた目標だった。

ただ、「金メダル」という目標ができても、そこは幼稚園児のこと、疲れていると練習をサボりたくなるし、飽きもする。

次の競技会が半年後だと、悔しさもだんだん薄れてくる。

そんな娘に、当時かけた言葉があった

「毎日の神様っているんだよ」

毎日、練習を続ける。

日々同じようなことの繰り返しのようで、何かが積み重なった時、自分で「これだ」という感覚をつかむことができる。

それができた時にだけ、神様は実力を授けてくれる。

メダルがとれるのは、その地道な努力を続けた結果。

そんなことを少しでもわかって欲しくて、こんな言い方をしてみた。

「才能」 そんな最初から楽ができるものを与えてあげられない分、自分の力で実力をつかみとるために。

加えて、具体的に毎日続けられる工夫も考えた。

好きなスタンプを買ってきて、練習するごとにノートに押したり。

課題をノートに書きだして、できたらスタンプを押して、達成したことが目に見えてわかるようにしたり。

ママと娘の二人三脚。

スポーツには無縁だった私が、娘の応援をしているうちに、スポーツを通して得られる喜びを味わせてもらった気がする。

初めての悔しさから1年半。毎日の神様は本当にいた。

幼稚園最後の競技会で、初めてメダルをとることができた。銅メダルだった。

4位と3位では雲泥の差。それは、オリンピックと同じ。

表彰式で今度こそ自分の名前が呼ばれて、初めてのメダルを首にかけ、メダルをかじるポーズで記念写真をたくさん撮った。

メダルに手が届いたことが、少なからず娘の自信につながった。

小学生になると1・2年が団体戦になり、3年生からはまた個人戦に。

その頃には、日頃から練習を積み重ねるのが娘の日課のようになり、安定した成績が残せるようになっていた。

3年生の終わりに初めての金メダルを獲得。

でも、その後また4位の悔しさを味わったり、メダルに返り咲いた喜びを味わったり。

その一つ一つが、娘の大切な経験になった。

小学校の卒業と同時に、新体操教室も卒業。

娘の8年間の新体操人生の中で、得られたメダルは、金2つ、銀1つ、銅2つ。

12歳の娘が、人生の半分以上かけて取り組んできたことから卒業すると。

そう思うと、小学校の卒業式より、新体操の最後の練習日の方が、母は泣けて仕方がなかった。

娘が中学生になった今。

入ったクラブも文化系で新体操とは無縁の生活になり、柔軟をしなくなった娘の体はすっかり硬くなってしまった。

でも、あの時かけた言葉が娘の中にまだ残っていたんだな、と思うことが先日あった。

それは、私が趣味で始めた篠笛で、スランプに陥った時のこと。

音が出にくい楽器なので、なかなか上達しない。

その上、ちょっとサボるとすぐに音が出なくなる。

始めた頃は意気揚々としていたけれど、壁にぶつかると続けるのが辛くなってきた。

私には才能がない。そもそも向いてなかったのかも。

別に辞めたっていい。趣味なんだから、他にもっと楽に楽しめることをやればいいだけ。

そんな風に逃げに入ろうとする時、娘に言われた。

「ママ、毎日の神様はいるから」

あの時、私が言った言葉が、そのまま娘の口から返ってきた。

その言葉は、ただ「がんばって」と言われるよりも心に響いた。

そうだ。毎日続けるしかない。努力を積み重ねるしかない。

日々吹くことで、笛を体になじませていく。

そうしていけば、すぐに結果がでなくても、いつか続けた努力に見合う実力がつく日が来る。

「こんな音を出したい」という理想に近づくことができる。

娘が8年間、メダルを追って毎日の神様を信じたように、私も信じてやってみる。

今すぐに成果が出なくてもいい。

これからの晩年の子育てが一段落着いた後のライフワークとして、地道に続けていけばいいのだから。

あの頃、小さな幼稚園児だった娘は、今は私の身長を追い抜くほどに大きくなった。

言われた言葉を、自分のものとして、人にも言ってあげられる程に、成長していた。

きっと、リオ五輪に出場している選手の練習量というのは、想像を絶するものだろう。

でも、何かに向かって日々努力していくという姿勢は、誰も同じ。

娘の中に、私の中に、「毎日の神様は必ずいる」という気持ちがある。

それが、これからの人生を輝かせてくれる、何よりの金メダルだと思う。


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この記事を書いたママ

りぃ

中2娘と小6息子の母です。成長した子供と友達のように話せる今は人生の黄金期!大変な幼児期を乗り越えたからこそ見えることをお伝えしていきます。

トップ画像出典: stupiddope.com

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